リレーエッセイ

基礎科目「ファイナンス理論の基礎」のご紹介

本多 俊毅 教授

この授業で扱うテーマは、MBAプログラムにおけるファイナンス、特にインベストメントやコーポレートファイナンスといった授業で扱われる内容です。

2015年08月10日

今回のリレーエッセイでは、FSの基礎科目のひとつである、ファイナンス理論の基礎についてご紹介します。

この授業で扱うテーマは、MBAプログラムにおけるファイナンス、特にインベストメントやコーポレートファイナンスといった授業で扱われる内容です。具体的には、事業や株式投資といった不確実な状況下での意志決定、CAPMに代表されるような資産価格モデル、また債券価格やデリバティブ価格理論の基礎的な内容について扱います。

このように、扱う内容は標準的なファイナンス入門といった感じですが、ただの入門科目ではありません。ご案内の通り、FSを修了するためには、2年間かけて学んだ成果を修士論文としてまとめることが求められます。修士論文を書く際には、多くの時間を先行研究の調査にあてることになります。可能であれば過去に誰もやらなかった独創的な結果が得られればよいですが、実際はそんなにうまくゆきません。世界中で多くの実務家や研究者が競って調査や研究を行っています。何か独創的なことをやってやろうと意気込む前に、これまでに誰がどのようなことをやってきたのか、これまでに何が分かっているのか、良く調査することが大切です。修士論文を書くといってもピンとこない方も多いかとおもいますが、特定のテーマについて、これまでの先行研究を調査してまとめるものと考えれば、だいぶ取り掛かりやすくなるのではないでしょうか。

なんだ、先行研究をまとめるだけか、と思うかもしれません。しかし、実際には大変な作業です。インターネットで検索をかけるだけでも、それこそ一生かかっても読み切れないような量の文献がでてきます。その中から、自分のテーマにあった文献を探してゆかなければなりません。FSの学生の多くは働きながら、中には子育てと両立させながら頑張って勉強しています。机に向かってじっくりと勉強できる時間は限られているなか、先行研究の調査は簡単な作業ではありません。論文のコピーをポケットに入れておいて、通勤時間中に読んだり、お子さんが眠りについたスキマ時間を活用したりと、それはもう大変な努力をして修士論文に取り組むことになります。

しかも、検索してダウンロートしてプリントアウトするだけではダメです。きちんと読んで、内容を理解する必要があります。テーマに沿った先行研究を見つけても、自分の手におえないような文献では、参考にはできません。学術文献はもちろんですが、実務家向けの文献でも専門的なものは、内容を正確に理解することは必ずしも簡単ではありません。たとえば、論文中には「こんな式」とか「こういった式」とかが、何の補足説明もなく書いてあるわけです。

「こんな式」
formula1.png

「こういった式」
formula2.png

ファイナンス理論の基礎の目的は、こういった基本的なモデルについての理解することですが、授業時間内で取り上げることができる内容には限りがあります。このため、先行研究の調査を進めてゆくと、どうしても見たことがないモデルや分析手法にぶつかることになります。ファイナンス理論の基礎で扱うモデルはごく標準的なモデルのみですが、その背景や構成要素にも触れながら、かなり細かいところまで説明してゆきます。極端な例ですと、さきほどの「こんな式」のrという記号が、実は確率変数というもので、確率変数という概念を説明するために、数学者ヒルベルトの公理主義を持ち出したりすることもあります。雑談のような情報に見えるかもしれませんが、知らないモデルや分析手法を自分で理解しようとしたときに、こういった背景情報が役にたつこともあるだろうと期待してのことです。

社会人学生への授業を担当するようになって、かれこれ10年以上たつのですが、この間の経験から、日本語の訳語にも気を使うようになりました。先ほどの「こんな式」は、CAPM、すなわちCapitalAssetPricingModelというモデルですが、その数理的な部分の意味が理解できたとしても、CapitalやAssetとは何のことか、確たるイメージを持てなければ本当に理解できたということにはなりません。しかし、「資本」や「資産」といった、おそらく明治維新以降に作られた訳語の持つ語感は、古くからあるものにくらべると、どうしても弱いようです。たとえば「徳」と「仁」の違いを説明しろといわれれば、これらの文字からなんとなく意味の違いが想像できるものです。一方で、経済学やファイナンスでよく用いられる訳語の多くは、比較的歴史の浅い用語であるためか、そのイメージをつかむことは少し難しいように感じます。最近では、訳語をあてるのが難しくなったためか、うまい訳語がみつからないときにはそのままカタカナで用いることも多くなりました。便利といえば便利ですが、そのカタカナの定義や語感を共有しないまま使ってしまうと、議論はかみ合いません。コーポレートガバナンスやフィデューシャリーデューティーは、そういった好例ではないでしょうか。機会があれば、こういった訳語の問題なども授業中に触れるようにしています。

この授業に限った話ではないのですが、社会人のみなさんと授業を行っていると、授業の内容がどのように受講生の役にたてるのか、日々考えさせられます。特にファイナンス理論の基礎といった基礎科目の場合、扱っている内容はごく基礎的な内容ですので、日々の実務に直接的に役にたつかというと、そうとは言い切れません。それでも、こういった基礎知識をきちんと理解してもらうことは、学生のみなさんのキャリア形成に良い影響を与えられると考えています。

あるテニスコーチが「指導者は、自分を不必要にさせるのが仕事」だとおっしゃっていました。コーチがいないと困るのではなく、コーチがいなくてもプレーヤーが自分で解決できるようにすること。これがコーチの仕事だというのです。ファイナンス理論の基礎も、そういった科目にできれば良いなと考えています。

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