Fin Techゲストスピーカー

FinTechをめぐるレギュレーション

森・濱田松本法律事務所パートナー弁護士

増島 雅和 氏 氏

2016年12月21日

経歴

経済産業省 FinTech検討会 委員
経済産業省「ブロックチェーン検討会」委員
一般社団法人 仮想通貨ビジネス勉強会 理事
一般社団法人 金融革新同友会FINOVATORS 代表理事
一般社団法人 日本ベンチャーキャピタル協会 顧問
日本クラウドファンディング協会 理事
著書『FinTechの法律』(2016年6月30日発行)

2016年12月21日の講義は、森・濱田松本法律事務所のパートナーである増島雅和弁護士が「FinTechをめぐるレギュレーション」という演題でご講演されました。

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1 FinTechのとらえかたとイノベーション戦略

増島氏はFinTechについて、「FinTechという金融論的な理論や事業モデルが存在するのではなく、イノベーション実現サイクルに金融ビジネスを乗せるためにイノベーションセクターによって作られた投資マーケティングのコンセプトである」と説明します。

「既存の事業者が作り出した法律や慣習を含めた市場秩序に対して、既存の業界の構造を変える可能性のある新しい技術を裏付けに、投資コンセプトをマーケティングし、その投資ストーリーに賛同するVCや、新たな競争環境によってディスラプトされかねない既存の事業者によるFoMO(Fear of Missing Out)をレバレッジして資金を集め、それらの資金の集中投入によって結果的にその投資ストーリーが実現してしまう」というシリコンバレー流のイノベーションの方程式が、金融ビジネスにおいて展開されているのが現状です。「FinTech」というのは、こうした動きを駆動するための核となる投資コンセプトである、と増島氏は考えています。
増島氏はFinTechを含むイノベーションを実践するためにスタートアップ企業が採用する戦略を3つ挙げます。1つ目は、破壊的な技術を背景にスタートアップが既存事業者に対して、互いにwin-winの関係になることを持ちかける「オープン・イノベーション」戦略です。2つ目は、大口顧客に過剰適合したサービスを提供している既存事業者に対し、スタートアップ企業がテクノロジーによって価格を抑えたプロダクトを手に、大口顧客が注視していない多数の潜在顧客に対してサービスを提供するという「民主化アプローチ」です。3つ目は、官庁などのヒエラルキー型の組織を巻き込むために、組織そのものではなく、組織に関わる人にフォーカスしてイノベーションを伝播させていく「ネットワーク効果」です。これらの戦略の組み合わせによってスタートアップ企業は金融ビジネスの競争の場をずらし、そこに自らの市場を創出しようとします。

2 FinTechとレギュレーション

FinTechが他のイノベーションと大きく異なる点として、増島氏は重層的な金融規制の存在を指摘します。その構造を理解しないとFinTechでは見当違いなアジェンダ・セッティングをしてしまいかねず、これでは個々の企業のイノベーション戦略も成功せず、国家としてもイノベーションの対応を誤ってしまうという意味で、FinTechに携わる人たちにとってまずもって共通理解にしておかなければならない事項であるとされます。
FinTechを取り巻く金融規制について、増島氏は3つのレイヤーに分けて理解するべきと説きます。1つめは、利用者保護の観点から課される業者法としての金融規制で、これは他の分野の業者法と同様、国内の個々の消費者を保護する観点から運営されています。2つめは、ネットワークによって成り立つ「金融」というシステムを維持するためには、個々の業者がそれぞれ期待された役割を確実に果たすということについての信頼(トラスト)を確保しなければならず、この信頼を維持するために必要な規制です。3つめは、金融というネットワークが国境を超えて接続していることに起因して、この接続性(interoperability)を確保するために必要な規制のハーモニゼーションを図る国際金融規制です。1つめについては国内法的な観点、業界的な観点から議論することができますが、2つめについては産業のインフラとしての国内金融ネットワークの維持・向上という観点が欠かせず、これは国家の産業戦略にも目配りしたアジェンダの設定と議論が必要です。さらに3つめは、より国家主義的に、金融において優位に立つ国が国家間競争において優位に立つという考え方から繰り広げられる国際政治という観点で、国家間のパワーゲームが金融規制の枠組みづくりに大きな影響を及ぼすことを踏まえた戦略観が重要です。
国内金融法制を新たな市場に適合させ、さらには国家間競争に勝てる金融インフラを作り、これを国際的に伝播させていくため、日本の金融規制の基本的なアーキテクチャを深く理解しなければならないと増島氏は説きます。現行の金融規制のアーキテクチャは、特定のビジネスモデル(業)の実践を一般的に禁止した上で、政府が許可した者のみが例外的にこれを行うことができるという許認可制のフレームワークに準拠しています。このフレームワークのもとでは、「誰が行うか」ということはもとより、「どのようなビジネスモデルを展開するか」ということについても政府の管理下に置かれ、資格取得の過程において、政府からそのビジネスモデルの審査を受けなければなりません。イノベーションが様々なビジネスモデル仮説の試行錯誤を通じた実証過程からしか生まれないとするのであれば、このビジネスモデルの事前審査という許認可アーキテクチャは、審査官がイノベーションの推進に強力に動機づけられていない限りは、アンチイノベーション的に作用します。
こうした問題はなにも日本に特有の問題ではなく、官僚組織というものが持つ構造の問題であると増島氏は指摘します。そして、構造の問題であるがゆえに、この問題は構造的に解決することができるはずであると喝破します。このような発想のもとで現在、英国を始めとするいくつかの国で試みられているフレームワークとして、「レギュラトリー・サンドボックス」を説明されました。

サンドボックスというのは、技術の世界でいきなり本番環境において他のシステムとの相互作用を起こさせるのではなく、擬似的な環境を用意してその中で試行錯誤により技術の可能性を検証するというコンセプトですが、これはスタートアップ企業によるディスラプティブイノベーションに対し大企業がレジリエンシーを高めるための戦略として定着しつつある考え方です。レギュラトリー・サンドボックスは、ディスラプティブイノベーションという脅威に対応する大企業の戦略を、規制のディスラプションという脅威に対応する政府の戦略として読み替え、応用したものです。
そのうえで、増島氏は、日本の金融行政をあずかる金融庁の現体制は、レギュラトリー・サンドボックスという考え方に否定的な見解を持っていると指摘します。ただし、増島氏は、このことはより良い政策を模索することを放棄すべきであるということではないことを強調します。政府セクターの限界は、我々民間セクターが政府セクターとコラボレーションすることで補うことができます。政府セクターの限界を嘆き批判することに終止するのではなく、我々民間セクターは、現状をより良い状態に持っていくために、我々ができる政府セクターとの具体的なコラボレーションを進めていく必要があります。

3 FinTechの今後の展望

世界に目を向けると、FinTechは先進国セクターと新興国セクターでそれぞれ同時多発的に進捗しています。先進国において開発された最新のビジネスモデルに追いつくよう、新興国が先進国の発展モデルを後ろから追いかける、というモデルはそこにはないこと、また先進国による技術による恩恵の新興国に対する均霑(きんてん:等しく潤うこと)という世界とは少し異なることに注意が必要であると増島氏は指摘します。金融という産業は、先進国が自らのパワーを維持するという思惑を持って、複雑なルールを張り巡らせていますが、こうした極めてハイコンテクストなルール形成は、より原初的な金融ニーズに支えられた新興国には説得力を持ちません。ファイナンシャル・インクルージョンや金融の民主化という、金融が他方で持つ重要なアジェンダのもとに、先進国が掲げる金融秩序に挑戦する動きが今後、FinTechというテーマのもとで現れてくるのではないか、と増島氏は予想しています。こうした動きは、マクロ的に見ると、スタートアップ企業が既存事業者に挑戦するディスラプティブイノベーションの構図のまさに相似形であると増島氏は指摘します。
2016年のFinTech投資の世界ナンバーワンは、米国を抜いて中国となったという調査結果が公表されています。アジアインフラ銀行をめぐる中国の動きや、Brexitを果たした英国の中国への接近など、新興国による覇者への挑戦は、イノベーションの基本戦略である「オープン・イノベーション」「民主化アプローチ」「ネットワーク効果」を国家レベルで駆使した新たな局面に入ったと増島氏は説きます。
増島氏は、そうしたなかで我々日本の民間セクターができることは、企業活動を監督しつつも支援する官庁とのコラボレ-ション、大企業とスタートアップ企業のオープン・イノベーションの促進、同じ価値観を持つ海外の組織や人材との連携の3つにフォーカスし、日本が金融で世界に後れを取り、産業の地盤沈下を起こさないようにすることが重要である、と強調して講演を結ばれました。

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