ゲストスピーカーのご紹介

講演「よい経営」

株式会社ポピンズ

代表取締役CEO

中村 紀子氏

2015年12月08日

 佐山展生教授の「企業価値向上論」のゲストスピーカーとして株式会社ポピンズCEO、中村紀子氏が登壇され、「よい経営」というテーマで講演されました。ベビーシッター・保育園・子育て支援・訪問介護・訪問看護サービスを提供する株式会社ポピンズを経営し、同時に日本女性エグゼクティブ協会(JAFE)を運営する中村氏の経歴は、1980年代からの女性の社会進出に重なります。講演では中村氏の歩み、現在の取り組みが述べられ、アベノミクス新3本の矢の一つ、「子育て支援」策の問題点が指摘されました。

中村紀子さん プロフィール

テレビ朝日アナウンサーを経て、1985年JAFE(日本女性エグゼクティブ協会)を設立し、代表就任。1987年㈱ポピンズの前身であるジャフィサービス㈱を設立して、代表就任。

会社設立から現在にいたるまで、(社)全国ベビーシッター協会副会長、内閣府、経済産業省評価委員会、厚生労働省女性の活躍推進協議会委員などを歴任。内閣官房構造改革特別区域推進本部評価委員会委員、経済産業省独立行政法人評価委員会委員、環境省中央環境審議会委員、厚生労働省労働政策審議会職業能力開発分科会委員、社会経済性サービスプロセス委員会委員、ソニーマーケティングアドバイザリーボードメンバー、経済同友会幹事、少子化対策検討委員会副委員長、医療制度改革委員会副委員長、㈱パルコ社外取締役などを歴任する。

ハーバード・ビジネス・スクール・オブ・ジャパン「ビジネス・ステイツ・ウーマン・オブ・ザ・イヤー」、(社)ニュービジネス協議会「アントレプレナー大賞 優秀賞」などを受賞。

女性の社会進出支援=子育て支援。「教育ベビーシッター」という新規事業

中村氏の創業は、女性の社会進出と不可分です。もともとテレビ局のアナウンサーとしてキャリアをスタートされ、結婚退職から3年後にフリーランサーとして仕事を再開。仕事と育児の両立に苦労されたことが事業創造に繋がりました。

 不規則なアナウンサーの仕事と育児を両立するためにベビーシッターは不可欠でした。しかし当時、ベビーシッターは家政婦紹介所からの派遣という選択肢しかなく、専門的な教育を受けていない家政婦による「子守」は、教育というレベルではありませんでした。

 一方、中村氏は同時期に「新しい経営者像の会」という経営者300人による勉強会の司会と運営(講師の交渉など)を担い、第一線で活躍する実務家の内実を見聞し、広い人脈を築かれました。このご経験が、女性管理職のための勉強会発足、運営に結実します。男女雇用機会均等法が制定された1985年に日本女性エグゼクティブ協会(JAFE : Japan Association of Female Executives)が設立されました。当時は会員300人の大半が部課長職。協会運営に携わりながら、中村氏は働く女性の現実に向き合います。女性管理職の多くが家庭を諦め、「男性同様」に働くことを強いられていました。家庭を諦める要因の一つが、仕事と育児の両立の困難さです。事態打破への中村氏の解答は、ご自身の体験から必要が痛感されていた育児支援事業の立ち上げでした。

 中村氏は、家政婦紹介所による派遣業として実行されていたベビーシッターを、在宅保育のプロによる請負業として構想されました。母親以上の幼児教育の知識が期待し得る、在宅保育のプロを養成・派遣するビジネスです。イギリスの保育国家資格保持者である「ナニー」を念頭に、専門職としてのサービスを提供する「教育ベビーシッター」事業を展開されました。

消費者目線をぶらさず、多様なプランの実現によって、企業価値を高める

 1987年、女性の仕事と育児の両立を支援する目的で創業されたポピンズ(当時は、ジャフィサービス株式会社。1996年に株式会社ポピンズコーポレーション、2011年に株式会社ポピンズに社名変更)は、教育ベビーシッター(=ナニー)サービスを進める過程で、社会的ニーズの更なる高まりにより、認可保育所からインターナショナル・プリスクールの開校、さらには高齢者の在宅ケアサービスへとビジネスを拡張します。消費者、あるいは社会の要請が推し進めた展開でした。

 24時間365日予約受付、当日オーダーにも100%対応するという徹底したサービス提供は、個人契約はもちろん、法人契約の根拠となりましたし、1999年には育児・介護サービスの業界では唯一のISO9001認証を取得。サービスの核心には、ベビーシッター採用・養成の確固とした仕組みがあります。この核心を見据えながら、中村氏は次々と新サービスを実現されました。

 1993年、婦人警官の退職者減少を目的に、警視庁がポピンズの法人契約第一号となりました。婦人警官にとって「24時間365日予約受付、当日オーダー100%対応」は非常に有効です。また、警察官の自宅に出入りする人材の派遣元として、厳しく採用・研修するポピンズの体制が評価されました。以降、法人契約は次々に締結されていきます。

 また、ベビーシッターを各家庭に派遣する事業は、保育施設運営事業に発展します。セコムから中村氏に依頼があり、同社センターの託児スペース運営を委託されました。託児所の運営は、ベビーシッターの職場が家庭か託児所かの違いに過ぎず、ベビーシッター事業の業務内容と地続きにあります。1990年には、「国際花と緑の博覧会」会場で万博史上初の託児ルームが開設されました。

 事業は拡張していきましたが、同時にそれは中村氏が保育業界において規制と戦い続けた軌跡でもあります。中村氏は保育施設運営の準備にあたり、「民間企業は認可保育所の設置主体にはなれない」という規制に直面します。設置主体は自治体、または社会福祉法人に限定されていました。中村氏は無認可保育所での高価値サービスの提供を続けながら、規制撤廃に向けて動かれました。児童福祉法が改正され、認可保育所の設置主体に民間企業が含まれたのは2000年のことです。

隠れ待機児童85万人。安倍政権が実績を誇る待機児童政策の実態を報告

 現安部政権は、アベノミクス新3本の矢の2本目に、「子育て支援」を充実して希望出生率1.8の実現を目指す、としています。中村氏はこの背後にある保育現場の実情を報告し、問題点を指摘されました。 第1に隠れ待機児童、第2に保育士不足の問題です。

【基礎資料】

保育施設には大きく分けて3つあります。

認可保育所

 国が定めた設置基準(施設の広さ、保育士数、給食設備、防災管理、衛生管理等)をクリアして都道府県知事に認可された施設。認可保育所には公立と私立がある。

認証保育所 

 東京都が都民のニーズを鑑みて独自に設けた制度に沿った施設。駅前型と小規模、家庭型の2タイプがある。

認可外保育施設(無認可保育所)

 国、自治体から認可を受けていない保育施設。民間企業や個人が運営。

 ①隠れ待機児童

厚労省は現在の待機児童数を23,167人と発表していますが(※サイト参照)、中村氏は「隠れ待機児童」数を85万人と推定されています。祖父母に世話される子供は待機児童とはされず、保育所に預けられないために働くことを諦めている保護者の子供も、待機児童とされないためです。また2001年、国は待機児童の定義を変えました。「認可外保育施設」を利用して認可保育所入所を待機中の子供は、「待機児童」と見なさなくなりました。定義が変わった01年、旧定義で見れば3万5144人(4月1日現在)だった待機児童数は、新定義で2万1201人に「減少」したという事実があります。定義次第で待機児童数が変わることがわかります。

※保育所等関連状況取りまとめ(平成27年4月1日)及び「待機児童解消加速化プラン」集計結果を公表 

②保育士不足

また、待機児童を減らすために保育所増設が進められていますが、保育士不足が大問題だと中村氏は指摘されます。保育士は2年間専門学校に在籍すれば、国家資格が与えられます。しかし、資格保持者の多くは保育現場に就職しないのが事実です。一方、保育現場は保育士資格保持者の独擅場で、その資格がなければ務まらないのです。また、保育士は厚労省が付与する資格ですが、幼稚園教諭は文科省が認定します。0~5歳児を保育する保育所では、幼稚園教諭は採用されません。認可保育所では、100%保育士資格保持者が保育にあたるという規制があり、中村氏は保護者が望む教育の多様なあり方を鑑みて、体育の専門家による体操教育、小学校教諭による教育など、より自由な保育の可能性を実現すべきだと述べられました。

 ――最後に佐山教授は、中村氏が指摘された国の「子育て支援」の現状と問題点に注目して、ポピンズが企業価値を高めることで社会が変革されることが望ましいと述べました。

【後日談】

 講演から3週間余りが過ぎた11月20日、中村氏からメールが届きました。そこには―

「先日お話した"岩盤規制"をやっと突破できました」     日経新聞の該当記事を引用します。

「厚生労働省は16日、幼稚園や小学校の教諭が保育士として働けるように規制を緩和する案を同省の検討会に示した。保育所にいる子どもの数が少ない朝夕の時間帯は保育士を1人に減らせるように配置基準を緩和することも提案した。両案に強い反対意見はなく、同省は年内に緩和策をまとめる。省令を改正し、来年度から認可保育所などでの適用を目指す」

 中村氏が講演で提起された深刻な保育士不足状況に対し、国が今、中村氏が求め続けられた通りの規制緩和に乗り出した、と報じられたのです。講演内容は実社会に直結しました。