2020年04月17日

修了生向けイベント 入試関連イベント 活動報告

令和1年度修了生 優秀修士論文を発表します

 一橋大学大学院経営管理研究科では、金融戦略・経営財務(FS)プログラムを修了の学生の代表者による「修士論文(優秀論文)発表会」を毎年開催しておりましたが、昨今の事情から令和1年度修了生の発表会は中止といたしました。

開催見合わせ】[2020.3.24] 令和1年度 修士論文(優秀論文)発表会

そこで、発表予定であった論文6点の概要と次点の論文の概要を掲載いたします。


≪計量系≫

田守 純司
ガンマ回帰モデルによる日経225先物のクロージングオークション出来高予測の可能性

本研究では,日経225先物のクロージングオークション出来高予測の可能性を検証した.先行研究で多用されるVARモデルでは出来高の変動を十分に捉えられなかったため,ガンマ分布を仮定した一般化線形モデルであるガンマ回帰モデルを構築した.出来高の非線形性や自己相関性を考慮した改良を加え予測を行った結果,VARモデルに比べ高い予測精度を示した.また,出来高が過大な局面で予測値の乖離が拡大する点に着目し,同局面の判別モデルを構築し変数選択を行った結果,同局面の検知に有効な米国株式指数騰落率にラグが発生するという示唆を得た.その背景として,特定のETF群の純資産拡大と申込制度,ETF市場の投資家属性の変化を整理した.

得能 達
リスクファクターモデルと財務特性モデルの検証
本研究は、バリュー株効果が生み出される要因について、Fama and French(1993)の3ファクターモデルに代表されるリスクファクターモデルと、Daniel and Titman(1997)によって提唱された財務特性モデルのどちらが、近年の米国株式市場において整合的であるかを検証した。これまでの研究で多く行われてきた従来型の分析の結果は、リスクファクターモデルでは説明しきれない収益率が存在することを示し、財務特性モデルと整合的なものとなった。一方で、追加的に行った分析の結果は、従来型の分析の結果と異なり、財務特性モデルで期待されるものとはならず、従来型の分析の結果は慎重な解釈する必要があることを示した。

野原 眞
Queue-Reactive Hawkes 過程を用いた、注文発生と待ち注文数量がその後の注文発生強度に与える影響の分析
本研究では、Wu et al.(2019)が導入したQueue-Reactive Hawkes過程を用いて、本邦株式市場の板情報の注文タイプおよび注文数量と仲値の変化との関係について分析を行った。
主な結果として、仲値の上昇(下落)は最良気配値における待ち注文数量の厚みに大きく依存することや、仲値が上昇(下落)した後の最良売り(買い)気配値における待ち注文数量が極端に多くなければ、価格が上昇(下落)しやすいという価格のモメンタムが見られること、などが確認された。

≪経営財務系≫

安藤 希
教育が損失先送り効果に与える因果効果
~投資家の異質性を考慮したRCTによる実証分析~
本研究は、投資家に対する教育が投資家の行動バイアスに与える因果効果を、ランダム化比較試験(RCT)の手法で実証的に検討するものである。行動バイアスの一種である「損失先送り効果」(Disposition Effect)を分析の対象とし、「教育」が投資行動に与える影響を模擬市場での実験により推定した。実験の結果、第一に、投資家の属性を考慮しない平均的な教育の処置効果は認められなかった。第二に、投資家個人の属性を条件付けした推定から、認知反射能力が高い場合、または数学能力が高い場合において、教育による行動バイアスの是正がより強く観察された。以上の結果は、個人属性に応じて、投資行動に与える教育の因果効果が変化することを示唆している。

小林 諭史
クロスボーダー・アライアンス組成をもたらす要因について
本研究の目的は、クロスボーダー・アライアンスの組成をもたらす要因を定量面・定性面から分析することを通じ、組成のインセンティブに両企業間の「補完性」が存在することを示すことである。タイと日本の企業間で2008~2018年の間に組成されたアライアンスとその類似企業を分析対象とし、ロジット回帰モデルを用いた分析、ゼロ過剰順序プロビットモデルを用いた頑健性チェックを行った。その結果、タイ企業の「規模」「収益性」、日本企業の「規模」「財務健全性」、「両国企業の社風・企業カルチャーが『顧客志向』にて一致していること」が組成へ正の影響を、「既に日本企業がタイへ進出していること」が負の影響を与えるという仮説が支持された。

本間 靖健
非米国籍金融機関による米ドル建て社債の発行要因
本研究は、非米国籍金融機関が米ドル建て社債をキャリートレード目的で発行したという仮説を検証する。2000年から2017年にドル建て社債を発行した発行体最終親会社をサンプルとして、トービットモデル等を用いる。結果、非米国籍金融機関は発行時の方が非発行時よりも高い信用力を持つこと、また特に先進国発行体は米国との金利差を為替インプライドボラで除したキャリートレード指数に反応して、比較的多額のドル建て社債を発行していたことを確認できた。さらに同指数が中央値よりも高いときに先進国金融機関がドル建て社債を発行した場合には、貸出金や短期投資が増加していることを確認した。よって全体的に仮説を支持する結果が導かれた。


優秀論文に選ばれたその他の方々は以下の通りです。

呉 先超
EVENT-DRIVEN ANALYSIS OF LATENT LINKAGES AND SYSTEMATIC BEHAVIORS
-A CASE STUDY OF EVENT-FACTOR BUILDING IN STOCK MARKETS
本研究では、アメリカや日本の株式市場の動きと新聞記事に載せている金融イベントの間の潜在的な連鎖と体系的な行動を深層学習モデルで学んだ。提案手法は、まず照応解析の上独立な金融イベント(述語項構造)を自然言語処理モデルで抽出し、階層型注意ネットワーク(Hierarchical Attention Networks-HAN)の入力にして、翌日のインデックスの五種類までの動きを予測する。HANの中で、単語、イベント、ニュース、日にちのそれぞれの階層単位で注意力行列を学び、解釈性の持つ予測モデルが獲得した。SP500の七年ほどのデータを使って、二・三・五分類の91.8%・77.4%・61.9%の有意な精度が達成した。また、Nikkei225の十年データでは、三分類は63.0%の有意な精度も達成した。これらの手法に基づいて、より解釈性のある深層学習モデルで、マッケート理解が深く進めることが望める。

松井 克仁
確率的ベータモデルによる低ベータ・アノマリーの実証分析
本研究では、ベータが低いほどリスク調整後リターンが高くなるという低ベータ・アノマリーが、ベータの変動に対するリスクプレミアムによって説明可能か否かを検証した。ベータが確率変動するCAPM型確率的ボラティリティモデルを導入し、日米株式市場を対象にベータ分位ポートフォリオのベータの変動特性を分析した。潜在変数・パラメータはマルコフ連鎖モンテカルロ法(MCMC)を用いて推定した。
その結果、低ベータ・ポートフォリオほどベータとマーケットリターンの分散の相関が高いという結果が得られ、ベータの変動のうち特にマーケットリターンの分散との共変動に対するリスクプレミアムが低ベータ・アノマリーの要因になっていることを示した。

山下 友暢
金融規制の金融市場への影響 ~CIP deviationの観察を通じた考察~
2008年前後の金融危機以降、各国中央銀行は金融規制を施行・強化し金融危機の再発防止に努めている。本研究では、レバレッジ比率規制のクロスカレンシー・ベーシスへの影響を分析した。具体的には、米ドルへの需要と供給の最適化からクロスカレンシー・ベーシスを求めた先行研究に金融規制の影響を加味し、理論モデルを構築した。その後、最小絶対値法により実証分析を行い、レバレッジ比率規制がクロスカレンシー・ベーシスに影響を与えることを確認した。また、先行研究の理論モデルでは短い年限のCIP deviationを説明できなかったが、本稿のモデルは一定の説明力を有し、年限によってCIP deviationの発生要因は異なる可能性を示した。

若月 哲郎
Covariance Regression Model を使用したポートフォリオリスクの時系列分析
本研究は, covariance regression model(CRM)を株式リターン系列に適用し, 系列の分散不均一性や相関構造の時間変化について市場変数による説明を試みたものである. 分析対象は本邦株式を投資ユニバースとする分位ポートフォリオリターンで, 基準には市場ベータ, 時価簿価比率, 時価総額を用いた. 分析の結果, CAPMベータ要因控除後残余リターンの共分散構造に対しVIX, 長短金利差, TEDスプレッドなどの市場変数が説明力を持つことが確認された. さらにポートフォリオ共分散を各市場変数の寄与へ分解することができた. 一方で分位ポートフォリオの作成方法が変化すると変数の説明力も大きく変化するなど, 推定結果の頑健性や投資戦略への応用に関して課題が残った.

蘇 藝偉(SU YIWEI)
企業の自発的な環境イニシアチブへの参加における株式市場での評価
国際的な影響力を持つ環境イニシアチブであるRE100、及びScience-Based Target(SBT)イニシアチブへの企業の参加を研究対象とし、イベント・スタディ手法にて参加宣言による株価の変化を分析し、回帰分析にて企業の特徴の株価変化への影響を分析した。結果として、RE100企業サンプルにおいて有意に正の超過収益率が検証できたが、SBT企業サンプルにおいては有意な結果が得られなかった。また、所在国の環境パフォーマンスが既に進展している国の企業、及びCO2排出量が多い企業は、環境イニシアチブへの参加による株価超過収益率の取得が困難であることが分かった。このように、環境イニシアチブの性質、社会問題に対するコミットメントの強さ、企業の特徴によって、イニシアチブへの参加の株価に対する影響が異なるため、企業は環境イニシアチブへの参加を検討する際に、自社の経営戦略との整合性を考慮すべきであるとの示唆を得た。